グレンジ・パーク・オペラの『スペインの時』

文:内田美穂

左からエルガン・リーヤ・トーマス、キャサリン・バックハウス、ロス・ラムゴビン©Grange Park Opera



いつも革新的なアイディアでいっぱいのグレンジ・パーク・オペラ (GPO) が、今からちょうど110年前、1911年にパリで初演されたラヴェルの一幕オペラ・『スペインの時』を映画仕立てにしてオンライン配信している。話のあらすじは気の良い時計修理屋のトルケマダの浮気な妻・コンセプシオンが、日中亭主が仕事で出かけている間に3人の男を相手に情事を企てるというコメディだ。


もともとの設定は18世紀のスペイン・トレドにある時計屋だが、演出家のスティーフン・メドカーフは舞台を現在のロンドンに移し、ケンジントン・チャーチ・ストリートに実在する高級アンティーク時計店のハワード・ウォルウィン内で撮影して、このオペラを映画に仕立て上げた。撮影は時計屋が面するストリートや近所のデリカテッセン・サリークラークでも行われ、ケンジントンのスタイリッシュで活気に満ちた街並みは、野暮で陳腐な話の筋とはかけ離れている。カメラに映し出された世界はどんなに豪華な歌劇場のセットよりも粋で、さらにラヴェルのうっとりするような音楽にぴたりとマッチしていた。


特にオペラのオープニングは印象的だ。時計屋を道路の向こう側から写した映像は、店の戸口から道路に張り出したダーク・グレーのひさしの前を赤い市バスが通り過ぎる洒落た様子だ。都会の喧噪音をバックにして、チクタクと鳴る時計の音が時を刻んでいる。そこにラヴェルの不協和音たっぷりの幻想的なピアノ音楽が共鳴し、私は催眠術の振り子に吸い寄せられるようにオペラのストーリーの中に引き込まれた。


本来ならば、18ほどの打楽器が含まれたオーケストラがラヴェルの魅惑の音楽を演奏するのだが、この作品のミュージックは一台のピアノ用に改編されており、それに金管楽器とグロッケンシュピールが趣を添えていた。


トルケマダを演じるジェフリー・ロイド・ロバーツは口いっぱいに菓子をほおばり、妻を寝取られる冴えない役だが、自分の格好悪さにも無頓着で最後には時計が売れて無邪気に笑う、そのお人好しそうな表情が自然で好感が持てた。コンセプシオンを演じたキャサリン・バックハウスは、夫のいない間に楽しもうと画策している役どころを下品にならずにコケティッシュに演じている。コンセプシオンが狙っているゴンサルヴェの役を演じたエルガン・リーヤ・トーマスは、自分の詩の世界に陶酔している若い詩人を、そしてコンセプシオンと戯れるためにやってきたドン・イニーゴ・ゴメスの役を演じたアシュリー・リッチスは、少し人を見下したような銀行員を、それぞれ小気味よく演じていた。コンセプシオンの言うままに、ゴンサルヴェやイニーゴの入った振り子時計を軽々と抱えて階段を上り下りし、最後にはその肉体的魅力がコンセプシオンの目に留まるというラバ曳きのラミーロは、ここではUPSの配達人として登場した。ラミーロの「棚から牡丹餅」的な幸運を得る従順な人柄を、ロス・ラムゴビンが巧みに演じていた。


オペラ最後のハバネラ風の5重唱において詠唱される「これは(イタリアの人文学者)ボッカッチョの教訓だが、すべての恋人たちの中で最終的に残るのは手際のよい奴だ。ちょうどラバ曳きに順番が回ってきたように」を聴き終わった時は、ラミーロが報われて満足感いっぱいの気持ちになる。50分ほどのエンターテイニング性の高いオペラなので気軽に観られる。ぜひご鑑賞あれ。


現在www.grangeparkopera.comで鑑賞できます。



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