連載小説:Every Story is a Love Story 第6話(Only Japanese)

15.01.2018

6

レイの場合2
Restart

 

 ロンドンから帰国してから3年がたった。この3年いろいろあったけれど、帰国するときにひそかに心に決めた「エンターテイメントに関わる仕事をする」という夢は何とか叶えることができた。映画やドラマの配給会社に就職したのだ。ご多分に漏れず夢が現実になると楽しいだけでは決してなくて、むしろムカつくことやイラッとする事が大多数を占めている。給料も低いし休みも少ない。それでも結局、レイにとって大好きな世界で働いていることはとても楽しく、彼女自身を根幹から支えるプライドだった。

 

この3年、ロンドン時代の友人たちとはFacebookで誕生日にメッセージを送り合うくらいにしか連絡をとっていない。しかしすみれとは相変わらず頻繁にやりとりをしている。すみれは2か月前にロンドンから帰国して、半年後に今度は台湾に行く準備をし始めていた。お互いに忙しくロンドンにいた頃のように会えるわけではないけれど、それでも仲の良さはあの頃以上となった。

 

レイは基本的に楽観的なタイプであり、また1年間のロンドン生活をサバイブできたことがその楽観さに良い磨きをかけていた。日々大きなドラマはなくても一生懸命仕事に向き合い、恋人はいないけれど同僚や友人と遊びに行ったりそれなりに充実した生活を送っていた。そんな充実した生活を送っていたからこそ、ロンドンでの生活はもはや遠いものになってしまったと感じていた。でもそのことに不満があるわけではない。むしろ夢を叶えて毎日好きな場所にいられることはとても幸せだと考えていた。
 
 最近では自分の趣味としての観劇より仕事の付き合いや勉強のために観劇することの方が多い。この日も同僚と一緒にアメリカからの来日カンパニーの芝居を見に行くことになっていた。この舞台は偶然が重なって観に行けることになったのだ。もともと観に行きたいとレイは思っていたが、まずその日は終業後にミーティングが入っていた。それに劇場が小さく、公演数も少なかったのもありあきらめかけていた。だがミーティングはキャンセル、そのタイミングで同僚から「チケット余ってしまったからどう?」と誘いが来たのだ。あとから振り返れば、この作品を観に行ったことは大きな転換点であったし、やはりレイにとって観る必要のある作品だったのだろう。そう感じさせるような流れがあった。

 

その日観に行った舞台は、それなりに有名な劇作家の作品ではあるが、あまりメジャーではなく上演されることも少ない。レイも作家の名前は知ってるけどもこの作品自体は知らなかった。
 幕が上がりストーリーを追っていく。この時とても奇妙な感覚に襲われていた。なんとなくストーリーを知っているのだ。あらすじなど事前に読んでおらず、ほぼ予備知識などないのに話の展開がわかる。どうして分かるんだろう、ロンドンにいたとき観てたかな?でもそれならもっとちゃんと細かく覚えているだろうし、という心の引っかかりを感じながら観劇していた。

 

 

舞台が跳ねたあとは同僚と食事にいき感想を言い合うのがお決まりである。
「レイさん、この作品どうでした?」
「なんか関係ないことで引っかかってたんですけど、作品自体はなんていうか硬派というかソリッドで…」
彼女は自分で言って気が付いた。この作品のこと、リチャードと話したことがあったのだ。映画の脚本を書いていたリチャードだから、たくさんの劇作も読んでいた。
『この作品はあまり上演されることはないんだけど、ソリッドでありながらユーモラスですごく好きなんだよ。上演されることがあったらレイは観たらいいよ』
思わず黙ってしまったレイの顔を、同僚は不思議そうに覗き込んできた。我に返り「面白かったよ」と適当に流しつつ文字通り心臓がバクバクしていた。なにより、その当時ソリッドでありながらユーモラスってなんのこっちゃと思っていたが、今まさにレイはまったく同じことを言おうとしていたのだから。


 お互いの感想から仕事の愚痴に変わっても、レイの心はまったく落ち着かなかった。「なんだかレイさんうわの空、疲れてる?」と聞かれるほど、彼女の体の奥底から揺れているのが分かった。
 

いつもよりずっと早めに解散し、やっと一人になれた。電車に揺られながら自分の気持ちに向き合っていく。リチャードのことを思い出すのは久しぶりだった。帰国直後に連絡をしたらスルーされてしまい、それ以来特に連絡をとることもなく、気づいたら3年が経っていた。まったく思い出さなかったわけではない。高校時代の友達と飲んだ時にロンドンで恋しなかったの?という話がでた時など、

「好きな人いたけど気づいたタイミングが帰国する2、3週間前とかで、どうしようもなかったのー!」

と酔っ払った勢いで叫ぶことはあった。もちろんふざけてはいたけれど、本音にかわりはない。そんな時にしか本音を出せなくなることが、大人になっていくということなんでしょ、とすら思っていた。しかし今日の思い出し方はとっては衝撃的で鮮烈だった。あまりにも無意識に、そしてとても深いところにリチャードの存在があった。その深さと時の流れで隠れてしまっていたが、たしかに存在していて、そして今このタイミングで現れたのだ、ひょっこりと。全部これは自分の心の中で起きていることであるのは分かりきっているが、こんな風に再び現れるのもまた、リチャードらしかった。


 帰り道、最寄駅のひとつ前で降りて歩いてみることにする。昼間はもう暑苦しいけれど6月の夜風はまだとても心地よい。リチャードと過ごした日々のことを思い出しながら、ゆっくりと歩いて帰った。


 朝起きた時、一番最初に思い出したのはリチャードのことだった。正直、それは予想外だった。一時の感傷できっと朝起きたらまたいつも通りに戻っているだろうと思っていたのに、真っ先にアイツのことを思い出すなんて。それでも仕事が始まれば、友達と飲みに行けば、本を読めば、映画を観れば、観劇すれば、リチャードがまた深いところに帰ってくれるだろうと思ったが、全然帰ってくれない。まったく離れずむしろびっくりするほど居座っている。1週間も続くとさすがに自分自身に疲れてきた。いっそのこと連絡してみよう、ある夜疲れ半分投げやりにそう思い始めた。リチャードのことだ、忘れてたり興味がなかったら返信は無いだろう、それこそそうなったらかなりすっきりするはずだ。返信はきっとこないという前提のまま、3年ぶりにリチャードにメッセージを送ってみた。久しぶりだけど元気?というシンプルで短いメッセージ。これを送ってレイはやっと静かに眠ることができた。次の日の朝、リチャードからメッセージは来ていなかった。
 
 まぁそんなもんだよね、と思いながら久しぶりに落ち着いた気持ちで出勤し、仕事をしっかりこなしていく。連絡がこなかったということが、自分自身の気持ちに区切りをつけたように感じた。もちろんちょっと淋しさはあったが、もう3年も前のことなのだ、仕方ないよねと納得させることができた。
  
 その日も同僚何人かと飲みに行き、いつもと同じように大いに飲んで話していい気分で帰宅した。着替えることなくベッドの上に倒れこむ。あー楽しい。夢だった仕事をして、自分のお金で飲み代を稼いで、まぁ悪くない人生だ。ロンドンにいた時みたいに野心とか必死さとか絶対に叶えたい夢とかはないかもしれないけど、それなりに楽しい日々がきっとこれからも続いていくんだなーと漠然と思った。安定した悪くない日々が続く。ほとんどの人はそれがなによりの幸せなんだよね、でもレイにとってそれは…、そう感じた瞬間、バッグの中からバイブ音が聞こえた。リチャードからの返信だった。

 

つづく

 

 

原田明奈

千葉県出身アラサー女子

今作が小説家デビュー、前職はお皿洗いからパラリーガルまで幅広い。いろんなことにとりあえず首を突っ込んでみるチャレンジャー。

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