連載:♪ロンドン演歌道(えんかみち)♪ Vol.2 ~英国唯一の演歌歌手 望月あかり~

01.07.2018

 

望月あかり ~英国唯一の演歌歌手~

 

2003年来英。ロンドン在住。2009年にイギリスで演歌歌手としての活動を開始。

2012年にオリジナル曲「ひとりDEナデシコ/霧のロンドン・愛」でCDデビュー。

ロンドンを中心に、国内外で演歌を披露。2011年以降は津軽三味線奏者の一川響氏とのデュオで日本の民謡曲を中心としたパフォーマンスやワークショップを行なっている。

2017年12月 テレビ東京系「世界ナゼそこに日本人」に出演。

2018年4月 BBCラジオ「The Verb」にゲスト出演し、演歌を披露。

日本の音楽の魅力を伝えるアンバサダーとして日英両言語で活動を続けている。

 

 

 

Vol.2「ごまかしごまかし・・・英語の成績トップクラスからの転落。挫折人生~東京砂漠編」

 

前回書いた通り、(前回の記事を読む)それはそれは超がつくほどのど田舎出身の私の人生が大きく開けたのは、高校進学のときでした。中学校では同級生が14名でそのうち男子はたった3名という環境でしたが、進学したのは一学年9クラスで全校生徒1000名以上のマンモス高校。同級生にこんなにも男子がたくさんいるんだ!と驚き、教室では人が40人もいることで本当に酸欠になるなど、最初はその規模の大きさに戸惑いもありましたが、毎日が新鮮で私の生活は一気に輝き始めました。特に英語の授業では、中学校で開花した英語の勉強熱がさらに上がり、学年では常にトップ3に入るほど必死に英語の勉強に取り組んでいました。そして、おのずと先生からは「英語ができる生徒」として認められ、率先して英語の力を試す機会に目を向けるようになりました。

 

その最たるものが、山口県高校生英語スピーチ大会への出場でした。高校2年生の時、第2位入賞。そして高校3年生の時には、堂々の第1位となり、見た目としては抜群の「英語力」だったと思います。が、しかしそこには大きな落とし穴がありました。まず、このスピーチ大会、事前に準備した原稿があり、原文を書いたのは私ですが、その添削はネイティブスピーカーのアシスタントの先生と高校の英語の先生がしてくれました。つまり、裏を返せば、添削された英語の原稿を覚えて間違いなく大きな声で話せればよい、という趣旨の大会であったため、真の英語力を問うものではなかったといえます。それが証拠に、審査をしていたネイティブスピーカーの外国人先生からの総評の最中、私はその内容が聞き取れなかったものの、どうにかその場をしのごうと、むやみやたらにうなずいて、わかったふりをしていました。そして、「Thank you」の一言のみで切り抜けたこと、よく覚えています。

 

もっと言えば、私の当時の英語の成績はどのように評価されていたのでしょう。日本の高校の英語の授業の果たして何パーセントが、実践に役立つ英語でしょうか。基本的に進学校として有名だった私の母校は、センター試験対策を念頭に、とにもかくにも文法と語彙、そして長文読解に力を入れた学習内容であったことは間違いありません。紙の上での勉強が得意だった私は、読むこと、書くことに集中して、コミュニケーション能力を高めるという観点は、完全に抜け落ちていました。そして、そんな頭でっかちな私は、成績がいいことを理由に、自分は英語ができるんだと思い込んで、日本の大学には行かず、留学をするという決意に至ります。そして、その準備期間として1年ほど東京の留学専門学校に通うことにしたのですが、ここがまさに私の挫折人生の入り口でした・・・。

 

 新宿の繁華街

 

東京は、私にとって未知の領域で、信じられないほどの人で溢れていました。東京のひと駅のプラットフォームにいる人の数と私の田舎町の人口は同じではないか、と思ったほどです。どこに行っても、人、人、人。そして当たり前ですが、全員がまったく知らない人達で、街を歩くのもかなりビクビクしていました。それでも私は自分がつぶされないように必死で「平然」を装って、速足で歩くようにしていました。弱冠18歳、世間を知らない田舎の芋娘の東京生活は毎日が緊張とストレスの連続でした。

 

そして、通い始めた留学専門学校。場所は東京の中でも最も雑多な街、新宿でした。新宿駅では100メートル歩くごとに駅員に出口の場所を聞かなければならず、右も左もわからない私にとっては、通学も毎朝が戦いのようでした。学生500名を抱えるその学校では、学生全員が一年後に英語圏の国にある大学に進学するため、日々ネイティブの先生が教える授業を受けながら英語の勉強をするのですが、ここで私は屈辱を味わいます。入学時に受けた試験のレベルに応じてクラスが決まることになっており、私が入ったのは一番上のレベルのクラスでした。本来であれば喜ばしいことなのかもしれませんが、このクラスの大半は帰国子女で真の英語力を兼ね備えた人たちでした。文法中心で切り抜けてきた私は、実質一番上のクラスの一番ビリケツだったのです。私がそのクラスに入れたのは間違いなく高校までに培った筆記試験の力のみが理由で、他のクラスメイトはそれ以上のリスニング・スピーキング力を持ち合わせていました。確実に私は挫折感を味わい、授業ではついていくことができず取り残されていきました。高校卒業までに積み上げてきたものが、おおよそ意味のないもののように感じ、モチベーションも上がりませんでした。そして、それまで私が思い込んでいた「英語ができる」という状態がいかに間違っていたかを痛感したのです。

 

本当の英語力とは、実際にその場面で英語が使えるかどうかという「実践力」、そしてわからないことをクリアにするための「解決力」の2つが重要だと思います。試験のための完璧な英語の文法を知っていることよりも、コミュニケーションが取れるのか、そしてわからないことをわからない、と言えるかどうかのほうが大事です。東京での一年でそのことに気づいた私は、何とかクラスメイトについていけるように必死で留学準備期間の一年を過ごしました。しかしながら、私にとっての本当の挫折はまだその先に待っていたのです。その入り口となる留学先、ケンブリッジでのお話は次回・・・。

つづく

 

 

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