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連載小説:Every Story is a Love Story 第12話 (Only Japanese)

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リカの場合

大学の夏休み利用のプログラムでロンドンに2ヶ月留学することになった。通常1年かかる単位が2ヶ月でもらえるのだ、やるしかない。そう考える人はあまりほかにはいなかったみたいで周りに知り合いはいないけど、まぁ、そんなものなのだろう。最初の1ヶ月は提携している語学学校でアカデミック英語を学び、後半はロンドンの大学でサマースクールコースに参加する。これで4単位。でかい。

ロンドンのブルームズベリーにある語学学校は小さい学校で、よくいえばアットホームだけど、ヨーロッパも夏休みの今の時期は人で溢れかり、もはや破裂寸前だ。なんとか網の目をくぐり抜けるようにアカデミック英語クラスの教室へ向かう。 教室に入ると、ヨーロッパ系の人が多く、アジア系の人もいるが、何となくアジアの言語を話しているわけでもない。あとから知ったことだが、彼は韓国系ブラジリアンだった。そんなわけでちょっとアウェイと思いつつ、私の良いところである「そんなもんか」で流す癖を精いっぱい利用して席につく。最初の授業は思ったよりも静かに落ち着いて進んでいった。このクラスは、一般英語コースと違い大学提携のコースだからっていうのもあるらしく、なんとなくみんな固い印象。うまくやれるといいけど、なんて思いながらあっという間に授業は終了した。 また網の目をくぐるように廊下を抜けていく。年齢も国籍もバラバラな生徒たちを見ると、こんなにいろんな人がいるんだなぁと、妙に感心しながら抜けていく。とりあえず寮にもどってご飯作って早く寝よう。

次の日、サンドイッチを作って学校にいく。午前の授業はライティングで、眠い目をこすりながらなんとかついていく。それなりにできる面と、さっぱりな面と両方あるから刺激的ではあるけど、クラス自体はなんとなく静かでつまらない。ほかの教室から聞こえてくる笑い声がちょっとうらやましかったり。そんなこんなで午前の授業は終了。ガランとした教室でサンドイッチを食べながら、日本から持ってきた小説を読みながらぼけっと過ごす。その時クラスメイトの男子が一人戻ってきた。忘れ物したんだ、またあとでね、と一瞬で去っていった。 それじゃあ、と言ったのは聞こえてたか分からないけど、実はロンドンに来て、初めてした普通の会話かも?!と、さりげなく怖く感じた。ま、私のペースでいこう。

午後の授業はディスカッションだった。普通の会話をしていないのは、実はクラスメイトほぼ全員に当てはまることが発覚して、ディスカッションなんて高度なことをする前に自己紹介しようと先生が提案してくれたのだ。ここでクラスは一気に打ち解けた。それこそアカデミッククラスは、年齢がみんな近いのもあるし、ある程度みんな英語ができることも大きいのかもしれない。いろんな人と話をしていると、例の忘れ物をした彼がきた。さっきはどうも、あぁ君だね、とにこやかに会話は始まる。あまりにもうわべだけの会話の始まりに、中一の教科書の英会話みたいだなと、思いつつもいろいろ話を聞いてみる。スペインからきたティアゴは、なんとか工学みたいな難しい理系専攻で、やはりサマースクール利用で来ている大学生だった。君は何を専攻してるの?と言われ西洋美術史、と伝えたところであっちもチンプンカンプンな顔していたからお互いさまなのだろう。じゃあこれから何を話そう、というときに時間はきてディスカッションの授業に移行していった。

初回のテーマは好きな映画について。アカデミッククラスにしてはシンプルなテーマだったけど、だからこそ予想外に盛り上がったのだ。最初はシンプルに好きな映画についてぼそぼそと話していたが、ハリー・ポッターについて誰かが話し始めると流れが変わった。クラスメイトそれぞれの専攻分野からハリー・ポッターシリーズについて所見を述べ始め、思ったよりもいろんな切り口から分析できて、初回にしてはアカデミックな議論となった。授業が終わる頃には、クラスは心地よい疲労感に包まれていた。

授業が終わると、今まではなかった友人同士の挨拶をしながらみんな思い思いに、それぞれロンドンの街中に消えていった。私はただ疲れたからとりあえず寮に帰ろうと思ったけが、冷蔵庫の中身はからっぽなことを思い出して、もうひと踏ん張りと、近くの大きなテスコに向かう。大きいマッシュルームか、小さいマッシュルームか、どうでもいいようなすごく大事なような逡巡をしていたところ肩を誰かが叩れた。振り向くとそこにはティアゴがいた。立ち話からお互いに料理が好きなことが分かり、「じゃあ、土曜日にフラットにおいでよ、ディナーをごちそうするから」と誘われ、なにも考えずOKと答えていた。それじゃあまた明日学校で、と別れて寮に戻る。買ってきた野菜を切りながらふと、これってデートの約束か?と一瞬思ったけれど、それはそれで楽しいかもしれない。外国にいることが少しだけ自分を大胆にさせている気がする。でもそんな自分の意外な一面は決して嫌いではないなって、思いながら夜ご飯を作った。 翌日、一気に打ち解けたクラスは、それに合わせてか、レベルもどんどん上がっていった。正直なところなかなかハードだ。ついていくだけで精いっぱいでもあるけど、でも遠慮はせずに食らいついていく。このクラスはアカデミック英語のベーシッククラスだから、美術史専攻の私や、なんとか工学のティアゴなど幅広くいるのだが、先生はクラスのレベルが思ったよりも高いと判断し、かなりレベルを上げてきた。時に専門外の言葉が出てくると全く意味が分からなくなるのだが、そんな時に先生はスペシャリストは君たちの中にいるのだから協力し合いなさい、と笑顔で恐ろしいことを言ってくる。確かにその分野を学んでいる人間にとってはとても基礎的な議題であったりするので解決することはできる。難しいけれど、いろんな知識を吸収できて、なによりとても楽しかった。あっという間に金曜日になった。金曜の夜、みんなは飲みにいったけど私は真っ先に寮に帰り、ゆっくり過ごす週末に思いをはせていた。そのときメッセージが届いた。ティアゴからで、食べれないものある?とシンプルなものだった。そうだ、日曜日はディナーをごちそうしてもらう予定だったんだと思い出し、返信する。日曜15時に駅で待ち合わせで、ワインは私が用意することになった。明日ワインを買いに行かなくちゃ、と週末の過ごし方の軌道修正をしながらいつの間にか眠ってしまった。

日曜日、M&Sで買った赤ワインを手に駅に向かう。15時ちょうどに駅についたけど、ティアゴはいなくてやっぱりな、と思って連絡しようとしたら、意外とあっさりやってきた。やっぱり日本人はパンクチュアルだね、と笑いながら現れたティアゴに赤ワインを渡してフラットに向かう。フラットに着くと、日曜だし早めにディナーだね、とティアゴは手際よく準備を進めていく。その間なんとなくこざっぱりしたフラットを適当に見まわしたり、ティアゴの料理しているところの近くに行って、料理について話かけたりする。そんなこんなで16時からゆっくりとしたディナーが始まった。シンプルなサラダにスペイン風のオムレツ、メインはこれまたシンプルにサーモンのソテーだったけど、どれもすべておいしかった。おいしい料理とともにまずは1週間サバイブしたお互いを讃え合い、その後、授業について話したり、ロンドンのおすすめの場所について話したりしているうちに、いつの間にかソファに移動してくつろぎながらもっとパーソナルな話をし始めた。

そういえばお互いファミリーネームも年齢も知らなかったな、と思いながら途切れることなく会話は続いていく。ふと窓に目をやるといつの間にか夜だった。あんなにも長い間途切れなかった会話が止まる。キスした後に泊まってく?と聞かれたけど、今日は帰ると伝えるとじゃあ駅まで送るよと言って、二人して立ち上がった。駅に着くともう一度キスをして、また明日学校でね、と手を振ってホームに向かう。1人になってゆっくりと寮へ向かって歩いている間、自分があっさりとこの関係に馴染んでいることに気が付いた。そう、私、なんてこともなく当たり前に、キスをしていた。そんな自分に驚いてしまうけど、確かにしたかったからしたんだもんね、ってもう一人の自分が心の中でつぶやいてる。流れに身をまかせよう。そう思いながらゆっくり歩いて帰っていった。

つづく

原田明奈

千葉県出身アラサー女子

今作が小説家デビュー、前職はお皿洗いからパラリーガルまで幅広い。いろんなことにとりあえず首を突っ込んでみるチャレンジャー。

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