グレンジ・パーク・オペラ2018『プーシキン』

24.08.2018

グレンジ・パーク・オペラ2018『プーシキン』

"Pushkin" Grange Park Opera 2018

 

ウェスト・ホースリー・プレースの旧邸宅

(C) Grange Park Opera. Photo by Richard Lewisohn

 

 

英国の夏を綾なすカントリーハウス・オペラの1つ、グレンジ・パーク・オペラは今年20周年を向かえた。本拠地をハンプシャーにあるカントリーハウス・グレンジからロンドン近郊、サリー州にあるウェスト・ホースリー・プレースに移して今年で2年目になる。

 

先日私はロンドンからウェスト・ホースリー・プレースまで、小一時間車を走らせ『プーシキン』を観に行った。ロシアの文豪であるプーシキンの著作をオペラ化したものには、ムソルグスキー作曲の『ボリス・ゴデゥノフ』、チャイコフスキー作曲の『エフゲニー・オネーギン』や『スペードの女王』などの傑作があるが、『プーシキン』は当作家の人生最後10年の史実をオペラ化したものだ。皇帝ニコライ1世の専制政治の下、言論の自由への圧力を受けてプーシキンは苦しんでいた。それに加えて妻ナターリアと彼女の姉の夫、ジョルジュ・ダンテスの仲を嫉妬していた。挙句の果てにプーシキンはこの義兄に決闘を挑み、その怪我が本で37歳の若さで亡くなったという波乱に富んだあらすじだ。去年モスクワのノヴァヤ・オペラにおいてコンサート形式で初演され、今回初めて完全なオペラの形で上演された。台本はニコライ1世とプーシキン両方を先祖に持つ英国人、マルティア・フィリップスによるものだ。彼女は時折プーシキンの詩をロシア語のまま引用してはいるが、その他全てを英語で書いている。自分のルーツでもあり全てのロシア人が敬愛する文学作家でもあるプーシキンの話をオペラ化するに当たり、フィリップスはプーシキンの死を悲劇的な事故とみるより彼の生に対する諦めと見たかったと言っている。弾圧を受けて表現の自由を奪われた彼は、自分は生きている価値がないと判断したという解釈だ。とはいうもののこの作品では全体的に専制政治の圧政下の緊迫感があまり感じられず、心理描写も表面的な気がしたのは私だけであろうか。作曲は現在ロイヤル・オペラ・ハウスの首席ヴィオラ奏者であるロシア人のコンスタンティン・ボヤルスキーによるものだ。プロコフィエフの音楽に似たオープニングや、『ボリス・ゴドゥノフ』に出てくるような鐘の響きに続き、映画音楽を思わせる曲が、うねるように響いた。時折ミュージカルの『レ・ミゼラブル』を思わせるソロの歌もあり、何度か感動して身震いしたものの、特別に心に残るような旋律は見出せなかった。タイトルロールを演じたピーター・アウティの歌と芝居は心がこもり、特に後半に向け孤独になり、内向的になるプーシキンの役を巧みに演じていた。ナターリアを演じたジュリエッタ・アヴァネシャンは、朗々たる歌声で愛らしい若妻の感じをそつなく表現していた。ニコライ1世を演じたバリトン歌手のアルティオム・ガルノフは、持ち前の貫禄ある態度と歌声で皇帝役に似つかわしい。イゴール・ウシャコフの舞台セットはシンプルだが、簡単ないすや階段の小道具だけでプーシキンの家や宮廷の様子をそれらしく表していた。またティモフェイ・エルモリンの照明の使い方が効果的だった。各登場人物にスポットライトを充てることで、同じ舞台上にいる人物達のそれぞれの心が孤立している様子が自然と伝わってきた。ノヴァヤ・オペラの首席指揮者を勤めるジャン・レイサム‐クーニッグがテンポ良く率いたオーケストラの演奏は出色の出来だったと思う。

 

グレンジ・パーク・オペラは毎年ヴェルディなどの人気オペラの他にもこのように新しいオペラやミュージカルを取り込み、演目が多彩である。来年はハンパーディンクの『ハンゼルとグレーテル』とガーシュウィンの『ポーギーとベス』に加え、ヴェルディの『ドン・カルロ』とオペラ界の大スター、ジョイス・ディドナートのコンサートを予定している。是非好きな演目を探してグレンジ・パーク・オペラで英国の夏の宵を満喫して頂きたい。

 

グレンジ・パーク・オペラのオペラハウス (C) Grange Park Opera. Photo by Richard Lewisohn

 

 

 プーシキン役のピーター・アウティと ナターリア役のジュリエッタ・アヴァネシャン 

(C) Grange Park Opera. Photo by Richard Lewisohn

 

 

ジョルジュ・ダンテス役の アントン・ボチカリオフと

ナターリア役のジュリエッタ・アヴァネシャン 

(C) Grange Park Opera. Photo by Richard Lewisohn

 

 

皇帝ニコラス1世役のアルティオム・ガルノフ (C) Grange Park Opera. Photo by Richard Lewisohn

 

 

木陰でピクニックをする観客達 (C) Grange Park Opera. Photo by Richard Lewisohn

 

 

 

Miho Uchida/内田美穂

聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラにおけるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、日本の雑誌にて執筆中。

 

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