ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『ドン・ジョヴァンニ』

10.09.2018

 

'Don Giovanni' at the Royal Opera House

ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『ドン・ジョヴァンニ』

 

 

 舞台セット 

The Royal Opera © 2018 ROH. Photograph by Bill Cooper

 

 

この日の公演はサー・ウィラード・ホワイトのROHでの出演40周年を祝ったものだった。ウィラードはジャマイカ生まれのイギリス人、バス・バリトン歌手である。彼の初舞台は1978年、マイアベーア作曲の『アフリカの女』における提督ドン・ディエーゴ役だった。以来 カリスマ性に富んだ男らしいキャラクターと深くて迫力ある声がROHの観客を魅了してきた。レパートリーは多彩で、ドイツ・オペラではワーグナーの『パーシファル』におけるクリングソールや、『エレクトラ』におけるオレスト、『フィデリオ』のドン・ピツァロとドン・フェルナンド、『ニーベルンゲンの指輪』におけるファフナーや『マハゴニー市の興亡』における「三位一体のモーゼス」役などがある。またイタリア・オペラでは『イル・トロヴァトーレ』におけるフェルランド、『ドン・カルロ』における大審問官や『ナブッコ』のザッカリーア、そして『トゥランドット』のティムール役などがある。更には、ガーシュウィン作曲の『ポージーとベス』におけるポージーや、バルトック・オペラの『青ひげ公の城』における青ひげ、オッフェンバック作曲の『ホフマン物語』における四悪党、マルチヌー作曲による『ギリシャ受難劇』における司祭フォティス、そして未だ記憶に新しい、ヤナチェックの『死者の家から』におけるゴリャンチコフ役を演じた。これだけのレパートリーをもってROHに貢献した歌手は数少ない。

 

当日、公演前に彼の楽屋に行っておしゃべりしたが、いつもどおりの艶やかな低音で「僕はいつも公演前にはコーヒーを飲むんだ。カフェインが効いて程よく高揚したまま舞台に臨めるのが丁度いいんだ。」と言って私にもコーヒーをご馳走してくれた。歌唱力もさることながら、思いやりがあり、誠実な人柄のウィラードは、人々からずっと信頼され続けここまでやって来たに違いない。それにしても、40年という月日の長さには重みがある。

 

さてこの日の『ドン・ジョヴァンニ』だが、この作品は昨年までROHのオペラ監督を務めていたキャスパー・ホールデンの2014年の演出作品で2度目のリバイバルである。ドン・ジョヴァンニを演じたマリウス・クウィエチェンはセクシーで自信に満ちたドンファンをスマートに演じた。ソロはまずまずであったが、第1幕のツェルリーナを演じたチェン・レイスとのデュエットは彼女の通る声と相まって観客を陶酔させるほど美しかった。イルデブランド・ダルカンジェロは先日の『マクベス』で見せたクールで暗い面持ちのバンクオとは打って変わり、滑稽なレポレッロを演じ、幅広い演技のできる実力派であることを証明した。特に泣き方や走り方はコミカルそのもので観客から笑いを誘った。なんと言ってもすばらしかったのはドンナ・アンナを演じたレイチェル・ウィリス‐ソーレンセンの銀鈴をならすような声である。ドンナ・アンナがドン・オッタヴィオに父親の復讐を懇願する場面のアリア「Or sai chi l'onore(お分かりですわね。誰が名誉を)」は優美ながらも迫力があり、鬼気迫る演技に鳥肌が立つほどだった。「Non mi dir, bell’idol mio (私に言わないで、素晴らしき我が恋人よ)」のアリアも熱い思いが観客に伝わり拍手がしばらくやまなかった。

 

エス・デヴリンが手がけたセットは二階建てで、部屋がいくつもあり、歌っている歌手とは別に常に何かが起こっていた。多重唱を別々の部屋で歌うことにより、それぞれの気持ちが単独なことが表現されていた。ルーク・ホールスの担当したヴィデオが壁に映り視覚的にかなりエキサイティングだった。ドン・ジョバンニが征服した女性の名前がペンで次々に壁に書かれるヴィデオなど工夫が凝らされている。またヴィデオがドン・ジョヴァンニの内面の気持ちや、地獄の様子をあらわしたりといくつもの役割を果たし楽しめた。マーク・ミンコウスキの指揮は最初歌手にとって速過ぎると思ったが、後半になるに従い、テンポ良くオーケストラを率いていた。

 

ウィラードは騎士団管区長を演じたが、幕前に楽屋で「僕の役目はドン・ジョヴァンニに彼のした事を悔やませることだから。」と言っていた。実直な彼にはその役がぴったりで歩くテンポといい威厳のあるその姿と言い、風格があり、ドン・ジョヴァンニにとどめの宣告をするのに彼以上の適役はいないと思った。

 

カーテンコールの時にマリウスがウィラードを中央に引っ張りだし、40周年のお祝いの拍手を観客から求めるなど、ウィラードは出演した仲間にも祝福されていた。にも拘らず彼は普段どおり気負った様子が全く見られなかった。その謙遜さが彼らしいがやはり40年という長い年月オペラ界の第一線で活躍してきた実績は讃えるにふさわしい。彼の大ファンの一人としてこれからも末永く活躍して欲しいと切に願う。

 

ドン・ジョヴァンニ役のマリウス・クウィエチェンと レポレッロ役のイルデブランド・ダルカンジェロ 

The Royal Opera © 2018 ROH. Photograph by Bill Cooper

 

 

ドンナ・アンナ役のレイチェル・ウィリス‐ソーレンセン

The Royal Opera © 2018 ROH. Photograph by Bill Cooper

 

 

ドン・ジョヴァンニ役のマリウス・クウィエチェンと 騎士団管区長役のウィラード・ホワイト  

The Royal Opera © 2018 ROH. Photograph by Bill Cooper

 

 

騎士団管区長役のウィラード・ホワイト The Royal Opera © 2018 ROH. Photograph by Bill Cooper

 

 

ツェルリーナ役のチェン・レイスとドン・ジョヴァンニ役のマリウス・クウィエチェン

The Royal Opera © 2018 ROH. Photograph by Bill Cooper

 

 

 

Miho Uchida/内田美穂

聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラにおけるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、日本の雑誌にて執筆中。

 

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