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RIZIN.14 - 宮田和幸引退試合 - 新たな始まり

12月31日大晦日、さいたまスーパーアリーナで、「RIZIN.14」総合格闘技イベントが開催された。米国出身、史上初めての無敗で5階級制覇を遂げたフロイド・メイ・ウェザー・ジュニア氏も来日し、まさに2018年を締めくくるに、ふさわしい壮大なイベントとなった。今回はしかも午前、午後と2部構成になっており、当日の入場者数は合計36万人以上。各国からも多くの取材陣が集まった。

第7試合では「宮田和幸引退試合&山本”KID”徳郁メモリアルマッチ」が行われた。宮田選手は、以前インタビューに応じて頂いた時に、この試合をもって現役を引退することをおっしゃっていた。その後、山本”KID”氏の早すぎる旅立ちにより、この試合はもっと意味深いものとなった。

宮田選手が主宰する「BRAVE GYM」の文字とロゴが大きく映し出され、その奥から宮田選手と内弟子3人が入場してきた。内弟子である彼らにとっても、師匠の引退試合は特別な意味を持つのであろう。内弟子の一人、鈴木隼人氏も様々な思いが込み上げてきたのか、溢れる涙をぬぐう姿が見られ、観客の涙をそそった。

宮田選手はデビュー当時、アーセン選手の叔父である、故山本”KID”氏と対戦し、試合開始直後に飛びひざをアゴに受け、4秒でKOし惨敗した苦い経験がある。しかし、その時の悔しさをバネに今日まで活躍してきた。

この「RIZIN.14」の試合では、ゴングが鳴ると共に、両者、飛びひざ攻撃を仕掛けた。アーセン選手に何度かテイクダウンを取られるも、下から上手く反撃し、アーセン氏の動きをコントロールしてアームロックで勝利した。

最後の試合で優勝を飾った宮田選手はリングの上からこのような挨拶をされた。

『アーセン選手、強かったです。本当に僕もデビューしたての時は、いきなりグレイシーとか、それこそ”KID”選手とか強い選手とやって、なかなか結果を出なかったですが、14年(総合格闘技を)やってようやく、そこそこのレベルまでいったと思っています。本当におせいじ抜きで、アーセン選手はすごく強くて、テイクダウンもされたし、しかも力もあるし、すごく才能をもっている選手なので、これからも頑張ってもらいたいと思います。

それから今日の試合で引退をすることになりました。うちの後輩たちも今のところ5人チャンピオンになって、うちに入ってきた後輩たちは、全員チャンピオンにしたいと思います。

引退試合をこのRIZIの舞台でやらせてもらえ、ものすごく感謝しなければいけないと思います。これからは日本の格闘技界を後押しできるように頑張ります。ありがとうございました。」

会場からは「引退はまだ早いぞー!」という声も聞かれ、スピーチ後盛大な歓声と拍手が沸き起こった。そして宮田選手のご長男である風雅さんが、父に花束を贈呈、そして父へメッセージも贈られた。

『今日は、試合を見ることができて良かったです。昔から(父は)僕のヒーローで、最後に勝つことができて本当に良かったです。ありがとう。」

本当に素晴らしい引退試合を見せてくれた。

多くのファンに惜しまれながら現役格闘家としては引退した宮田氏だが、それは彼の人生のファイナルフレーズではない。今後は選手の育成と日本の格闘技界の繁栄のため今まで以上に邁進してくことであろう。

お疲れ様でした。

<第7試合>RIZIN MMAルール(65kg):5分3R*肘あり

宮田和幸 Kazuyuki Miyata

1976年1月29日生/172cm/65kg/茨城県出身/BRAVE所属

レスリングで鍛えあげられた鋼のような肉体美から「ヘラクレス」ともあだ名されるフィジカルエリート。レスリングは10歳から始め、シドニーオリンピックではレスリング・フリースタイル63kg級日本代表を務める。その実績を引っ提げて04年に総合デビュー。HERO's、DREAMのリングを主戦場に活躍する。ミドル級、ライト級時代は勝ったり負けたりを繰り返していたが、フェザー級に階級変更後、一気にその才能を開花。強力無比なテイクダウンを武器に、大塚隆史、リオン武、宇野薫等を撃破する。15年末のRIZIN旗揚げ戦では、MIXルールに挑戦するも日菜太の打撃に沈んだ。16年末のRIZIN.3ではキックの鉄人アンディ・サワーから腕十字固めを決めて一本勝ち。しかし今年9月に行われたRIZIN.13のリングで、引退を表明した。その対戦相手は、かつて衝撃の秒殺負けを喫した山本”KID”徳郁の甥である山本アーセン。アーセンに戦いの魂を伝承し、現役生活を締め括る。

山本アーセン Erson Yamamoto

1996年9月8日生/169cm/65kg/神奈川県出身/KRAZY BEES/PIKE22所属

生まれながらの格闘一家・山本家の最終兵器が約一年ぶりにRIZINの舞台に。4歳よりレスリングを学び、数々のジュニア大会で優勝を収めるとレスリング留学のためハンガリーへ。その後、リオオリンピックを目指し猛練習を続けるがケガにより断念する。15年末、MMAルールでのRIZIN電撃参戦が決まり、デビュー戦では伝説の格闘家・ヒクソン・グレイシーの息子、クロン・グレイシーと対戦。いきなりの強豪との対戦に敗戦を喫したものの、デビュー戦とは思えない度胸と抜群の格闘センスを見せ、”アーセン”コールを浴びるなど大大衆を魅了した。16年9月のRIZIN.2でMMAデビュー戦を迎える母・山本美憂と共に叔父である山本”KID”徳郁コーチの元親子でMMAのスパルタ教育を受ける。臨んだ才賀紀左衛門戦では、激しい攻防の末、スピリットの判定で勝利をもぎ取った。16年大晦日、17年10月のRIZIN.7と連敗を喫しているが、今年他界した叔父である山本”KID”徳郁の思いを胸にまだまだ進化する格闘サラブレッド。

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