ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『スペードの女王』

15.01.2019

フィリップ・フュ-アホーファーのデザインした豪華なシャンデリアの並ぶ舞台セット 

©ROH 2018. Photographed by Catherine Ashmore

 

 

The Queen of Spades at the Royal Opera House
ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『スペードの女王』

 

ノルウェー出身の鬼才、ステファン・ヘアハイムが演出した『スペードの女王』が英国に初上陸した。この作品は2016年にオランダ国立オペラ(Dutch National Opera)で初演されたものだが、今回はロイヤル・オペラの音楽監督、アントニオ・パッパーノの指揮の下にROHで上演された。

 

『スペードの女王』は、プーシキンの同名の短編小説を翻案したものでチャイコフスキーの10作目のオペラ、そして彼の自信作である。

 

「一文無しのゲルマンはリーザに夢中になるが彼女はエレツキー公爵と婚約している。ある日、ゲルマンはリーザの祖母である伯爵夫人がギャンブルで必勝するために不可欠な3枚のカードの方程式を知っているとの情報を得る。彼女からその秘密を聞き出し賭博で大金を手に入れ、エレツキーからリーザを奪おうと計画する」と、『スペードの女王』は本来ならこのようなドラマティックな物語が展開するのだが、ヘアハイムはそれをチャイコフスキーの話に変えてしまったかのようだ。オペラが始まる前には、ホモセクシュアルであったチャイコフスキーが当時の社会の規範に馴染まず苦しみ、女性と結婚してはみるもののうまくいかず、そして最期は汚染されている水をそうと知りながら飲み干し、それが原因でコレラで亡くなったという逸話がスクリーンに映し出された。さらにオーケストラが序曲を奏でる際には、チャイコフスキーに扮したウラディーミル・ストヤノフがかごの中の鳥を大事にしながら作曲する姿を描写している所から始まった。かごの中の飛べない鳥によって閉塞した社会で生きる作曲家自身、およびチャイコフスキーの頭の中に渦巻く封じ込められた音楽を暗示したかったのだろう。その後も閉幕まで舞台にはチャイコフスキーの姿が常在し彼のストーリーを展開するので、『スペードの女王』の話がおざなりになった印象を得た。特に第二幕で伯爵夫人の寝室に忍び込んだゲルマンが伯爵夫人と対面するシーンは、本来二人の感情が交錯する劇的な場面のはずなのに舞台上のチャイコフスキーの存在でその効果が薄れたのが残念だった。

 

しかしながら、歌手たちは立派に舞台を務めていた。一人二役でチャイコフスキー役と実直なエレツキー公爵を演じたストヤノフは、このオペラの聞きどころの一つであるうっとりするほどに甘いアーリア、 “Ja Vas lyublyu”(貴女を愛しています。)をしっかりとした音程で心をこめて歌いあげ、その歌声は観客の琴線に触れた。トムスキー伯爵を演じたジョン・ランドグレンの歌唱力も見事で観客から拍手喝采を浴びていた。もっともゲルマンを歌ったアレクサンドルス・アントネンコはこの日はすこぶる調子が悪く、トップノートを何回かはずし観客からの拍手も少なく、またリーザ役のエヴァ‐マリア・ウェストブルックも、ROHの前シーズンの演目、『ムツェンスクのマクベス夫人』では抜群の演技力と歌唱力でタイトルロールを演じ観客を魅了したにも拘らず、この日は歌唱に安定感がなかったことは残念だった。だが、私のこの日の一番押しはポリーナを演じたアンナ・ゴリヤチョヴァと伯爵夫人を演じたフェリシティ・パーマーである。ゴリヤチョヴァは颯爽としてチャーミングな上に、確固たる自信を持って歌うその歌声は磨き抜かれていた。そして最近ROHの舞台から遠ざかっていた大御所パーマーは、舞台での存在感がとびぬけてあった。特に、伯爵夫人が数多くの男を悩殺した若かりし頃を思い出しながら歌う  “Je Crains de lui parler la nuit”の場面では往来の魅力の影を残す老女を演じ、その心憎いばかりの冴えた技にはほれぼれとした。パッパーノ率いるロイヤル・オーケストラの音楽解釈は原作に忠実で聴きごたえがあり、さすが、と観客を唸らせた。

 

ヘアハイムはベルリンで最優秀演出家賞を3回も獲っている偉才演出家であるが、この『スペードの女王』といい、昨年のグラインドボーンオペラ音楽祭の『ペレアスとメリザンド』といい知的インプットを多用する傾向がある。しかし度が過ぎるのは、作曲家が意図したものと全く異なったオペラになるし、また観客が混乱するので考え物であると感じた一夜であった。

 

2019年2月1日までロイヤル・オペラ・ハウスで上演。1月22日に英国の各映画館で上映。3月15日より日本の各映画館で放映。4月19日にBBCラジオ3にて放送。

 

リーザ役のエヴァ‐マリア・ウェストブルックとポリーナ役のアンナ・ゴリヤチョヴァ

©ROH 2018. Photographed by Catherine Ashmore

 

 

迫力ある演技で観客を魅了した伯爵夫人役のフェリシティ・パーマー

©ROH 2018. Photographed by Catherine Ashmore

 

 

ゲルマン役のアレクサンドルス・アントネンコ 

©ROH 2018. Photographed by Catherine Ashmore

 

 

チャイコフスキー及びエレツキー公爵を演じるウラディーミル・ストヤノフ

©ROH 2018. Photographed by Catherine Ashmore

 

 

 

 

Miho Uchida/内田美穂

聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラにおけるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、日本の雑誌にて執筆中。

 

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