スコットランドの伝統:バーンズ晩餐会 / バーンズ・ナイト

31.01.2019

Rotary Club of London: Burns Supper 2019

スコットランドの伝統:バーンズ晩餐会 / バーンズ・ナイト

 

 (C) Rotary Club of London, Photo: Hiko Tanaka

The Chesterfield Mayfairホテル入り口

 

 

 

毎年、イギリスでは恒例のお祝い事として行われるバーンズ晩餐会。これはスコットランドの詩人、ロバート・バーンズの生涯と作品を評し、彼の誕生日である1月25日前後にお祝いする行事です。

 

今年はThe Chesterfield メイフェア ホテル内で行われたロータリー・クラブ・オブ・ロンドンの「Burns Supper」に参加。

 

スコットランドの民謡楽器、バグパイプの音色と共に全員起立し、ロータリークラブ幹部の入場を迎える。オープニングセレモニーでプレジデントの挨拶後、それぞれのテーブルでワインと前菜を堪能。そしてまたバグパイプの音色と共に起立し、今度はハギスが運ばれてきた。

 

(C) Rotary Club of London, Photo: Chikako Osawa-Horowitz 

 

 

(C) Rotary Club of London, Photo: Hiko Tanaka

 

 

そして伝統的なハギスの儀式を行い、テーブルにはグラスに入ったスコッチ・ウイスキーが各自に配られ、皆でバーンズを偲んで乾杯する。

 

ハギスにはマッシュドポテトとマッシュにされたカボチャが添えられていた。

ハギスは羊の内臓(心臓、肝臓、肺)をミンチにし、それに玉ねぎ、オートミール、腎臓の周りの脂肪、塩を加え、羊の胃袋に詰めて茹でる、または蒸した料理である。人によっては臭みがあり、嫌う人も多いが、筆者は毎年、違う晩餐会に出席し、美味しく頂いている。

 

(C) Rotary Club of London, Photo: Chikako Osawa-Horowitz 

 

 

夕食がだいぶ進むとオペラ歌手やスコティッシュ・ダンサーによるエンターテイメントも披露され、この夜もイギリスの文化を存分に体験することができた。

 

(C) Rotary Club of London, Photo: Chikako Osawa-Horowitz 

 

 

(C) Rotary Club of London, Photo: Chikako Osawa-Horowitz 

 

 

バーンズ晩餐会の始まりは、1801年5年目のロバートの命日にバーンズ・コテージ(生家、現在は博物館になっている)で、彼の友人により行われ、それ以降、年間行事として今日でも祝われるようになった。バーンズ晩餐会はフォーマルでもカジュアル、どちらの形式でもよく、必ずハギス(スコットランドの伝統的料理)、スコッチ・ウィスキー、バーンズの詩の紹介をすることになっている。フォーマルな晩餐会を行うことで有名なのは、英国フリーメイソンとニューヨークのセント・アンドリュース・ソサエティーである。彼はロタリークラブとフリーメイソンのメンバーでもあった。

 

ロバート・バーンズはロビー・バーンズなど他に様々な愛称でも知られ、1759年に、南エアシャイアという町の貧しい農家の7人兄弟の長男として生まれた。ほとんど学校での教育は受けられず、父親であるウィリアムから読み書き、算数、地理、歴史、を学び、または、彼の父親は子供達のために"A Manual Of Christian Belief"(神への祈りの仕方)を書いていた。

 

1783年、スコットランド語で、エアシャイア方言を使った詩作を始める。1786年には初の詩集 ”Poems- Chiefly in the Scottish Dialect”を出版。現在キルマーノック版(Kilmarnock Edition)と呼ばれている。この成功により、翌1787年にはエディンバラでも彼の詩集が出版されることとなる。

 

彼は詩人として成功の道へ進む中、周りの女性たちにも人気が高く、1788年に当時恋人だったジーンと結婚、5人の子供をもうけたものの、その他に複数の違う女性との間に9人の私生児もいた。そして"Highland Mary"『ハイランドのメアリー』という詩は、数多くいる恋人の一人に捧げられた作品である。

 

そんなロマンティックで女性を虜にするロバートであったが、子供達の養育費など生活は困窮していた。収入に結びつく仕事として"Tam o’Shanter"『シャンタのタム』や"Red, Red Rose"『我が恋人は紅き薔薇』などの素晴らしい作品が生み出す。また自ら収集し、新たに作詞し直した民謡を"Musical Museum"や"Select Collection of Original Scottish Airs"などで発表。

やっと詩人として成功したと思った矢先、彼はリウマチ熱に苦しみ1796年、心疾患のため37歳という若さでこの世を去る。

 

また彼の死は、ロマンティック・ムーブメントの先駆け者として、リベラリズムとソーシャリズムを設立した人物として次世代に大きな影響を与えた。

 

ロバートの代表作として"Ploughman Poet"『農民詩人』、"Scotland's favourite son"『スコットランドの最愛の息子』、"Bard of Ayrshire"『エアシャーの大詩人』など、スコットランドの国民的詩がある。また、彼のスコットランド民謡は、世界中で親しまれ、"Auld Lang Syne"『蛍の光』や"Comin Thro' The Rye"『故郷の空』は日本人にはとても馴染み深い。

 

(C) Rotary Club of London, Photo: Chikako Osawa-Horowitz 

 

 

(C) Rotary Club of London, Photo: Hiko Tanaka

 

 

(C) Rotary Club of London, Photo: Chikako Osawa-Horowitz 

 

 

(C) Rotary Club of London, Photo: Chikako Osawa-Horowitz 

 

 

(C) Rotary Club of London, Photo: Chikako Osawa-Horowitz 

 

 

 

ロバート・バーンズの詩から

 

"Auld Lang Syne"(蛍の光の原曲)

 

Should auld acquaintance be forgot

And never brought to mind?

Should auld acquaintance be forgot

And days of auld lang syne.

 

For auld lang syne my dear

For auld lang syne

We'll take a cup of kindness yet

For the sake of auld lang syne.

 

 

昔ながらのよしみが忘れられ、
二度と思い出されなくてよいものか?
昔ながらのよしみが忘れられ
すっかり永い時がたってしまった!

 

懐かしいあの頃のために、我がいとしの人よ
 懐かしいあの頃のために
 慈しみの杯をいま手に取ろう
 懐かしいあの頃のために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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