イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)、バートウィッスルの『オルフェウスの仮面』

30.10.2019

 

左からオルフェウス・男(ピーター・ホアー)、オルフェウス・神話(ダニエル・ノーマン)、

オルフェウス・英雄(マシュー・スミス)©ENO. Photo by Alistair Muir

 

 

イングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)、バートウィッスルの『オルフェウスの仮面』

‘The Mask of Orpheus’ by Birtwistle at English National Opera(ENO)

 

 

ENOの「オルフェウス・シリーズ」第3弾としてバートウィッスルの『オルフェウスの仮面』が上演された。1986年にENOで初演されてから33年ぶりの上演で、ダニエル・クレイマー演出による新作だ。

 

このオペラはオルフェウスの神話を順を追って物語っていくのではない。オルフェウス、ユリディス、アリスタイオスの役柄それぞれに、人間、英雄、そして神話世界の神という3つの性格を与えることで、オルフェウス神話の嘆きと喪失、愛と怒りを多面的に観客に捉えさせる形を目論んでいる。そもそも神話とは多次元的で矛盾やあいまいさを内包しており、それ故に多次元的な自分の音楽・オペラの題材にぴったりとバートウィッスルは言うが、特にオルフェウス神話は記憶や憂鬱、嘆き、時間、そして音楽そのものを探求する上で彼にとってはこの上ない好材料だという。


バートウィッスルは、自分の音楽は同心円状に回るいくつかの円からなっており、それはそれぞれ軌道の異なる太陽系惑星が太陽の周りを回っているような状態に似ていると言っている。彼の言うとおり、聞いていると繰り返しが多くぐるぐる回っている感じがする。そしてそれがこのオペラの中で巧みにストーリーとマッチしている。例えば、地獄から脱出するときにオルフェウスが後ろを振り返ったがためにユリディスが二度と帰ることのない人となる時の場面など何度も何度も繰り返され、悲しみがぐるぐる頭の中で渦巻いてトラウマから抜けられない様子が音楽とフィットしていた。その描写は気分や、雰囲気に重きを置く印象主義的な芸術だ。
 

舞台セットは「オルフェウス・シリーズ」全4作のデザインを手掛けるリジー・クラッヘン。第一弾のグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』の舞台はシンプルで大きな舞台のENOが空っぽに見えたがこの『オルフェウスの仮面』は舞台上に散在した3つのフォームの主人公たちがそれぞれ別々に演じるので大きな舞台を端から端まで使うことができ、ENOにふさわしいと思えた。衣装はVOGUEに「イギリスで最も突飛な服装している」と表現されたデザイナー兼芸術家であるダニエル・リスモアによるものだ。舞台衣装のデザインは今回初めてというダニエルにスワロフスキーが、総計400,000個の使用済みのクリスタルを提供した。リサイクルされたクリスタルをふんだんに使った衣装は豪華絢爛で目にまぶしかった。色彩は豊かで風変わりなところがあり「不思議の国のアリス」のようなおとぎ話の世界に舞い込んだかのようだった。
 

テノールのピーター・ホアーは人間としてのオルフェウスの役を演じ、味のある演技は好感がもてたし悩める姿は痛ましいほどだった。そしてマルタ・フォンタナル-シモンズが、人間としてのユリディスを演じENOのデビューを飾った。温かみとつやのある声は絶品でしかもつかみどころのない神秘的なユリディスを巧みに演じていた。神話のユリディスを演じたクレア・バーネット・ジョーンズと死の女神を演じたクラロン・マクファッデンも特筆に値する見事な演技だった。にもかかわらず音楽とキャストの奥深さを味わう余裕を観客に与えなかったのは、オルフェウスを落ちぶれたロックンローラーのように演出したり、フューリズがセクシーな看護婦たちのようだったりと舞台と演出に凝りすぎていたためで、そう思ったのは私だけではないと思う。


ハープやギターや多くの打楽器、吹奏楽器、金管楽器を使った大きなオーケストラはメインの指揮者であるマーティン・ブラビンスだけでなくアシスタントにジェームズ・ヘンショーも登場し二人でオーケストラを効率よく率いていた。
初日の幕後には今年85歳になるバートウィッスルとリブレッティストのジノヴィエフが舞台に登場した。彼は自分が生きている間にこのオペラが再現されると思っていただろうか?巨匠のジェスチャーを見る限り、感無量であったに違いない。時間も長いし、理解しづらい点もあるとは思うが見ていて美しく、夢の中を駆け巡っているような気持ちになる。オルフェウスの神話を多面的に解釈した一味違ったこのオルフェウスオペラ。興味のある方はぜひENOまで出向いてほしい。


11月13日までENO上演中。

 

 

ユリディス・女(マルタ・フォンタナルズ‐シモンズ)©ENO. Photo by Alistair Muir

 

 

ユリディス・神話(クレア・バーネット・ジョーンズ)

©ENO. Photo by Alistair Muir

 

 

死の女神(クラロン・マクファッデン)©ENO. Photo by Alistair Muir

 

 

フューリズ(ケイティ・スティーブンソン)(シャーロット・ショー)、

(ケイティ・コヴェントリー)©ENO. Photo by Alistair Muir

 

 

オルフェウス・英雄(マシュー・スミス)とユリディス・英雄(アルファ・マークス)

©ENO. Photo by Alistair Muir

 

 

 

 

 

Miho Uchida/内田美穂

聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラにおけるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、日本の雑誌にて執筆中。https://www.mihouchida.com/

 

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