グレンジパーク・オペラ(GPO)がジョン・タヴナーの埋没していたオペラを発掘!

23.04.2020

 

ヒンズー教の神の一人、クリシュナ by Narendra Kuma

 

 

グレンジパーク・オペラ(GPO)がジョン・タヴナーの埋没していたオペラを発掘!
Major work by Sir John Tavener discovered by Grange Park Opera, Surrey

 

ダイアナ妃の告別式に演奏された『アテネのための歌』の作曲家として広く知られるジョン・タヴナー(1944-2013)は戦後のイギリスで最も著名な作曲家の一人である。彼は1944年にロンドンで生まれ、王立音楽学院(The Royal Academy of Music)で作曲を学ぶ。その後、ロンドン・シンフォニエッタのコンサートで初演された『鯨』(1968)が脚光を浴び、ビートルズが設立したアップルレコードより発売され有名になった。当時イギリス全国紙のガーディアン紙はタヴナーの事を「本年度、音楽界で最も価値ある発見」と称賛し、タイムズ紙は「今世代の最も優れたクリエイティブな才能の持ち主」と讃えた。そして1970年代に彼はロシア正教会に改宗する。彼の作曲する音楽は宗教音楽が多く、そのトランスのような作曲形式はカルト的な人気を博す。前述の『アテネのための歌』以外にもチェロ奏者のスティーブン・イッサーリスのために作曲した『奇跡のヴェール』(1989年)や、ビョークのために書かれ、彼女が演奏した『心の祈り』(2004年)などが有名だ。さらにアカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『グレート・ビューティー/追憶のローマ』に挿入された『羊』は現在でも世界中で演奏されている。そのタヴナーは2005年、69歳の時にオペラ『クリシュナ』を完成させる。しかしながらなぜか今までの14年間、手書きのまま放っておかれていた。その『クリシュナ』が世界で初めて2024年の6月にグレンジパーク・オペラ(GPO)で上演されることになった。演出家はオペラ界の巨匠、デヴィッド・パウントニーだ。どうやらこのプロジェクトの発端はタヴナーの長年の友人であったチャールズ皇太子にタヴナーの未亡人が話を持ち掛けたことから始まったらしい。今回『クリシュナ』の制作発表を機に演出家のデヴィッド・パウントニー氏とGPO のCEOであるワスフィ・カーニ氏にインタビューする機会を得た。

作曲家のジョン・タヴナー氏


 

 

 

世界初上演、オペラ『クリシュナ』の演出家デヴィッド・パウントニーと

GPOのCEOワスフィ・カーニにインタビュー!
Interview with the director, Sir David Pountney and the CEO of GPO, Wasfi Kani OBE

 

サー・デヴィッド・パウントニー

Sir David Pountney)
 

プロフィール
1947年生まれ。1975年から1980年までスコッティッシュ・オペラの制作監督。1982年から1993年までにイングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)の制作監督。その間に20作品以上のオペラ制作を手掛け、ENO を革命的な劇場として発展させるための機動力となる。1994年から2004年までフリーのオペラ演出家として世界中で活躍。また2003年から2014年までブレゲンツ音楽祭の監督を務める。2011年から

2019年までウェルシュ・ナショナル・オペラ代表および芸術監督。

 

 

 

聞き手:内田美穂

 

―― 14年も埋もれていたオペラ『クリシュナ』の話はタヴナー氏の未亡人であるレディー・タヴナーがチャールズ皇太子に持ち掛けたことから始まったと伺いましたが、パウントニー氏はチャールズ皇太子からオペラの演出を頼まれたのですか?

 

最初はチャールズ皇太子の執務室から連絡があり、専門家としてこのオペラの上演が実現可能かどうかの意見を聞かれました。そのあと、去年の2月、皇太子はウェルシュ・ナショナル・オペラ(WNO)のパトロンで当時僕はWNOの芸術監督だったので、皇太子がWNOの公演を観にいらしたときに『クリシュナ』の話になり、僕は非常に興味深い話だと思ったので、「わかりました。調べてみます。」ということになったのです。その後も僕は常に皇太子に進捗状況を連絡しているので皇太子も2024年にグレンジ・パーク・オペラで上演が決まったことをご存じです。

 

 

―― タヴナー氏のマニュスクリプト(手書きの楽譜)を見たときの第一印象を教えてください。

 

僕はこのオペラの事を全く知らなかったのですが、かの有名なタヴナーの完成されたオペラというだけでとびきり特別なことでした。ご存じでしょう?タヴナーの神秘的な音楽はインスパイアリングで熱狂的なファンもたくさんいます。だから今まで上演可能かどうかを評価されたことのなかったタヴァナーの400枚近いマニュスクリプトを見るということは格別エキサイティングな事でした。調べているうちにこれは空想的でたくさんの神話的要素もあり、主題も壮大でかなりの努力が必要だけれどもやりがいのある作品だな。と思いました。マニュスクリプトを解読するのは物凄く手間のかかることです。普通の人は読めませんから誰もが読めるような楽譜の形にして印刷せねばなりません。現在それを進めています。進行中に更に新しい発見も出てくることでしょう。

 

―― このオペラの中で特に興味を抱いた点は何ですか?

 

僕は以前からインドの神話に関してとても興味を持っていますし愛着も感じています。学者とまでは言えませんが、興味があって3回もインドを訪ねています。更にこの作品はアジアの精神論やインドの神話を探求していたタヴナーの人生の集大成ともいうべき作品です。だから興味をそそられました。

 

 

―― どうして公演するオペラハウスにグレンジ・パーク・オペラを選んだのですか?

 

グレンジ・パーク・オペラに相談する前に何件かヨーロッパと英国の劇場に僕もこの話を持って行ったのですが、僕が受けた印象としてはこれだけの大作のリスクを取るのを皆怖がっている感じでした。そうこうしているうちに突然ワスフィの事を思い出しました。彼女は勇敢だし、インド人だからヒンズー教の神の1人であるクリシュナという題材に馴染みもあるはずだし、『クリシュナ』上演にぴったりだと思ったのです。更に彼女は資金調達をするのに長けているので、上演に必要な財源も見つけられると思いました。彼女に相談したら、決断力があり勇気のある彼女らしく直ちにマニュスクリプトを見に行ってこのプロジェクトの実行を決断しました。

 

 

――このオペラを上演するにあたって難しい点はありますか?

 

この作品はかなりの大作です。今まだ楽譜が印刷されるのを待っている状態ですが、僕の理解では大きなコーラス隊が必要ですし、少年の声も必要ですし、オーケストラにフルートが8本も要る。クリシュナの神話の奇抜さを表現するスペシャルエフェクトも必要だ。壮大な想像力が欠かせません。

 

 

――クリシュナが出てくる際の音楽を奏でるには8本のフルートが必要だと聞きました。そしてフルートは「空中に位置すること」という指示が書いてあると聞きましたが、どういう意味でしょう?

 

天使みたいに空中に浮いているってことですよ。だからどうにかしてそれを達成しないといけない。大きな劇場にはフライタワーという装置があり、空中に物を浮かばせることができる。グレンジ・パーク・オペラは大変美しくて素晴らしいオペラハウスだけれどもその装置がない。これから空を飛ばす方法を考えます。

 

 

――どうして14年もずっと埋もれていたのでしょうか?

 

タヴナ―がこのオペラを書いたのは晩年で彼はオペラハウスに持って行くほどのエネルギーがなかったと思われます。音楽出版業者のチェスター・ミュージックがいくつかの劇場に持って行って可能性を打診したようですが、悲しいかな、この世界はこれほどの傑作でも大胆な行動とリスクをとることができる人物を探すのは難しいのです。――このオペラのどういう点を観客に楽しんでもらいたいですか?まだほんの少しの部分しか聞いていませんがタヴナーの曲は大変美しい。彼の神秘主義的な曲は衝撃的ともいえるほどです。曲がもたらす神秘的体験を観客の皆さんに楽しんでいただきたいです。

演出家のデヴィッド・パウントニー氏 by Emli Bendixen


 

 

 

ワスフィ・カー二
(Wasfi Kani)


プロフィール1956年ロンドンのイースト・エンド、ケーブル・ストリートで生まれる。ヴァイオリン奏者としてナショナル・ユース・オーケストラで活躍。オックスフォード大学、セント・ヒルダス・カレッジにて音楽を専攻。卒業後ロンドンのシティーで10年間ファイナンシャルコンピューターシステムのプログラミングとデザイニングを手掛け、その後コンピューターコンサルタント会社を設立。会社設立後は愛する音楽の指揮にも従事する。1992年、ガーシングトン音楽祭のCEOに就任、1993年から音楽を専業にする。1998年に独自のオペラ・カンパニー、グレンジ・パーク・オペラを設立、現在までCEOを務めている。RIBA及びオックスフォード大学のセント・ヒルダズ・カレッジの名誉フェロー、2002年に彼女の2番目のオペラカンパニーである、ピムリコ・オペラが刑務所内で公演するという功労が認められOBE受賞。

 

 

聞き手:内田美穂

 

――タヴナー氏自身が台本を書いたと聞きましたが。。。

 

そうです。タヴナー自身が書きました。サンスクリット語の部分があったのでその部分だけは助けを必要としましたが、それ以外は彼自身のものです。タヴナーは神の存在は一つではなく人それぞれ違う神を持っていると信じていましたが、彼が作曲する音楽は神からの授かりものだと信じていました。そして同時に台本も神からの授かりものだと思っていました。なので「マハーバーラタ」などの文献は一切使っていません。彼の歌詞、、台本は複雑ではなく簡単な言葉で表現されています。クリシュナの人生を15の場面に分けて描いています。そして各場面の間にナレーターが現れますが、ナレーターはステージの上でしゃべるのではなく観客の中を歩き回ったり、話しかけたりします。観客は観るというより体験するというのがふさわしいオペラです。

 

 

――このオペラを上演する上で難しい点はありますか?

 

このオペラはとても大きなオーケストラを必要とします。それだけでなく、吹奏楽器のパートにはオーボエやクラリネット、バスーンなどは全部取り除き8本のフルートしか存在しません。その上8本の内の4本はアルト・フルートです。アルト・フルートが何かをご存じですか?アルト・フルートは普通のフルートに比べてとても大きく、別世界のような響きと音色を持つ楽器です。彼の指示通りに数を揃えなければなりません。そしてクリシュナが歌うときはフルートの音色がそれを象徴するのです。更にタヴナーは「舞台上で起こっている様々な事柄がフルートの音を浴びるように」と表現しています。そのために「フルートを空中に舞わせるように」と。このようにタヴナーはワーグナーのようなところがあって*ゲザムトクンストヴェルクの方針をとっています。あらゆる角度から高い完成度を追求するのです。そういうところは難しいです。それからタヴナーは特に明示していないのですが、タヴナーの音楽はインド風ではないのですが、私はインドの文化に根付いているダンスのエレメントを取り入れるべきだと思っています。これは普通のオペラにはないことで難しいと思っています。

 

 

――音楽は西洋と東洋の音楽が混ざり合っている感じでしょうか?

 

題材はインドの神話ですが、音楽はボリウッドミュージックでもなくインドの古典音楽でもありません。浮世離れした別世界の感覚を与える音楽です。インドの打楽器のタブラーをご存じですか?インドダンスを思わせるようなタブラーを叩く音がたくさん出てきます。

 

 

――デヴィッド・パウントニー氏がこの話を持ってきたときの話を教えてください。

 

デヴィッドとは今後2,3年の間に企画している共同プロジェクトがいくつかあるので、彼がロンドンに来た時には食事なり一杯飲むなり必ず会うのですが、去年の10月に彼と会った時私が彼との共同プロジェクトの話をしようとしたら、今日は違う話があるのだがと彼が言ったのです。その話が『クリシュナ』の話でした。彼はチャールズ皇太子が持ってきたと教えてくれましたし、私も聴いたとたんに面白い話だと感じましたが、マニュスクリプト(手書きの楽譜)を見ないことには何とも言えないと思いました。上演には多大なお金がかかるからです。そこで2日後に音楽出版業者のチェスター・ミュージックに駆け付けてタヴナーのマニュスクリプトを調べ始めました。そして著名な作曲家の叙事詩的な重要作品だと思ったのです。タヴナーならではの独特の音楽です。

 

 

――『クリシュナ』にインスパイアされたのはご自分がインド系英国人だということに関連していると思われますか?

 

タヴナーとチャールズ皇太子は長年の友人ですが2人は「すべての宗教は平等でその伝統の重要性を尊重するべきだ」という共通の見解を持っています。私はインド人ですが、ヒンズー教ではなくイスラム教なのです。なので『クリシュナ』がヒンズー教神話ということで興味を持ったということはないです。とはいっても私はオペラハウスを経営している唯一のインド人ですからやはり他の経営者より親近感があったでしょうね。

 

 

――グレンジ・パーク・オペラが『クリシュナ』を上演する会場にふさわしいと思われる部分はどこでしょう?

 

グレンジ・パーク・オペラのオペラハウスは普通のオペラハウスと異なり、森の中に位置していて幻想的で神秘的な感じを与えます。そういう感じがタヴナーの神秘的な音楽と共鳴して、また神様が地上に舞い降りてくるという話の内容にマッチしていると思います。観客が異次元世界に空間移動したような気になる効果を高めると思います。

 

 

――どうして14年もずっと埋もれていたのでしょうか?

 

1つの理由としては手書きの状態であったということが考えられます。音楽の録音も読みやすい楽譜もなく、巨大な400枚近くのマニュスクリプトの状態では人はあまり近寄りたがりません。ページをめくるだけでも大変な作業なのです。椅子に座って作業することもできません。余りに大きいのでずっと立っていないとならないのです。

 

 

――2024年上演というのはずいぶん先に聞こえますが。

 

オペラというのはずいぶん先の計画を立てないとならないのです。すでに2023年の上演演目は決まっています。そして特定のオペラを歌える人材は限られているのです。例えば全てのテノール歌手が『スペードの女王』のゲルマン役を歌えるわけではありません。だから早めに計画を立てるのです。もう1つの理由は共同制作できるオペラカンパニーを探す時間が欲しかったのです。現在インドでこのオペラを上演したいと思う劇場を探しています。その際彼らもすでに先のシーズンまで企画が進んでいる事と思いますので余裕をもって2024年にしました。私はそれに加えてこのオペラを上演するための資金調達もしなければなりませんので。

 

 

――最後にコロナウィルス感染拡大のため家にいる音楽好きの方たちにメッセージをお願いします。

 

音楽が好きな私たちは本当にラッキーです。家にいても毎日違う曲を聞いて楽しむことができます。私は音楽を聴いているだけで生きている価値があると思っています。音楽は自分の心を映し出す鏡です。心の鍵を開けて自分を解き放ってくれます。

グレンジ・パーク・オペラ(GPO)のCEOであるワスフィ―カーニ氏 by Richard Lewisohn


 

 

コロナウィルス感染拡大により、おふたりとも電話インタビューをお引き受けくださった。パウントニー氏は気さくで、真摯な態度で質問に答えて下さり、お人柄の良さが電話の向こうから伝わってくる一方、ジョークを飛ばして下さるなど面白い方だった。またカーニ氏は親切で、機転が利き、例を使って丁寧にわかりやすく質問に答えて下さった。ウェストホーズリーにオペラハウスを建設した時には1年の間に1千万ポンド(原稿執筆時価格で約13億2千万円)の寄付を集めたことで有名だが、とても押しの強いような印象を受けなかった。むしろ優雅なイメージだった。タヴナー作曲、デヴィッド・パウントニー演出のオペラが「不思議の国のアリス」のおとぎ話の中にいるような感覚に陥るほど幻想的な環境に佇んでいるグレンジ・パーク・オペラ・ハウスで上演されるとはオペラファンとしては是が非でも行ってみたい。大いに期待を寄せている。

 

 

*ゲザムトクンストヴェルクとは総合芸術と訳される。文芸、踊り、音楽、絵、建造物などすべての芸術が劇的な表現達成の為に一体化されるべきであると説く。

 

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