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ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『カーチャ・カバノヴァー』


カーチャを演じたアマンダ・マジェスキ ©ROH 2019 Photography by Clive Barda

ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の『カーチャ・カバノヴァー』

Kát’a Kabanová at the Royal Opera House

昨年の『死者の家から』に続いてROHがヤナーチェク・シリーズの一環として『カーチャ・カバノヴァー』を上演した。奇才リチャード・ジョーンズの演出による新しいプロダクションだ。チェコを代表する作曲家ヤナーチェクは遅咲きである。『カーチャ・カバノヴァー』を含む彼の成熟したオペラ4作は63歳を過ぎてから創られた。というのもその頃から38歳年下の既婚者、カミラ・ストスロヴに恋い焦がれ、彼女がインスピレーションになって彼の作曲活動は花開いたからだ。人生とは何が起こるかわからない。74歳で死ぬまでそれは続いた。

『カーチャ・カバノヴァー』は1859年にアレクサンドル・オストロフスキーが書いた『雷雨』を翻案したものだ。そしてカミラに捧げられている。歌詞を聞いているとモスクワとかヴォルガ川などロシアが背景となっているが、ジョーンズは舞台設定を1950-60年ごろのチェコスロヴァキアに置き換えている。アントニー・マクドナルドのデザインした木の板で四方を囲んだセットは、間違いなく歌手の声を遠くまで響かせるのに一役買っていると思う。そのセットの中を無表情で決まりきった動きをする村人たちは彼らが宗教の教えを遵守する様子を示唆していた。またカーチャの家の窓を覗き込む村人たちの姿は彼らののぞき見根性と、起こっていることは一瞬にして皆が知り得るという村の状況を巧みに表していた。そしてセットが入れ替えになるときに次のセットがクルクル回転して出てくるところなどは竜巻のように激しく渦巻くカーチャの内心を表しているようだった。このオペラのテーマを的確に黙示する洗練されたセットが私は大層気に入った。

カーチャを演じたアメリカ人ソプラノ、アマンダ・マジェスキは演技も歌もお見事でこの日拍手を独り占めしていた。彼女のステージプレゼンスのおかげでこの日の上演が引き締まっていたといっても過言ではない。カーチャをいじめる意地の悪い姑、カバニハを演じたスーザン・ビックリーはふてぶてしさといい、病的な意地の悪さといい背筋がぞくぞくするほどのあっぱれな演技でこの役にドンピタリのはまり役だった。この日、マジェスキと共に素晴らしかったのは指揮者のエドワード・ガードナーだ。過去にはイングリッシュ・ナショナル・オペラの音楽監督も務め現在はベルゲン・フィルハーモニックの首席指揮者であるガードナーは端正な顔立ちに似合った白鳥が飛んでいるような優雅、かつ勢いのある指揮をした。そうやってヤナーチェクの抒情的な音楽を余すところなく詩情豊かに演奏した ROHオーケストラを先導した 。特に第二幕のカーチャとボリス、そしてヴァルヴァラとクドリャーシのダブル・ラブシーンの音楽は前者たちの甘い音色の音楽と後者のカップルの軽い心を表す音色の対照が興味深いのだがROHオーケストラはそのコントラストを際立たせ二組のカップルの心情の相違を強調しているかのようだった。

ROHでは『カーチャ・カバノヴァー』は12年間ほど演じられていなかったが、この作品は最近のROHのヒット作だと思う。またすぐにリバイバルしてほしいものだ。

カバノハ(スーザン・ビックリー)とカーチャ(アマンダ・マジェスキ)

©ROH 2019 Photography by Clive Barda

ヴァルヴァラ(エミリー・エドモンズ)とクドリャーシ(アンドリュー・トーティス)

©ROH 2019 Photography by Clive Barda

ボリス(パヴェル・チェルノシュ)とカーチャ(アマンダ・マジェスキ)

©ROH 2019 Photography by Clive Barda

カバノハ(スーザン・ビックリー)とカーチャ(アマンダ・マジェスキ)と

カーチャの夫ティホン(アンドリュー・ステープルズ) ©ROH 2019 Photography by Clive Barda

Miho Uchida/内田美穂

聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラにおけるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、日本の雑誌にて執筆中。

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