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ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)グノーの『ファウスト』


第2幕Cabaret L'Enfer (地獄のキャバレー)のセット ©2019ROH. Photo by Tristram Kenton

ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)グノーの『ファウスト』

Gounod’s Faust at the Royal Opera House

ドイツの文豪ゲーテの劇詩『ファウスト』を題材にしたこのオペラは1859年、パリのリリック座で初演され、10年間で306回上演された。その後1869年からオペラ座に移り、75年の間に2000回も上演された超人気オペラだった。英国ロイヤルオペラハウスでも1863年に初演されてから1911年まで毎年上演されたほどの人気レパートリーだった。しかし第一次世界大戦の頃からそれほど上演されなくなり、36年間も無視されていた時代もあった。人気が衰えた理由は感傷的なほどの信心深さやダンスホールでのショーなどヴィクトリア時代に流行った内容が時代遅れになったということだと思うが、曲を見てみるとオーケストレーションもドラマトゥルギーも優れていて素晴らしいアリアもたくさんあり、今日では上演数ベスト20には入らないまでもしばしば公演される。

さて、この作品は2004年のデイヴィッド・マクヴィカーの演出作品で5度目のリバイバルである。そして今年の9月にはROHの日本公演で上演される作品の一つだ。舞台設定はグノーが生きていたフランス第二帝政期、普仏戦争の頃のパリで、当時の道徳観念と不貞が交錯した社会を取り上げている。チャールズ・エドワーズのデザインしたセットは終始、闇を想像させるようなゴシック的要素を含みながら、教会からキャバレー、敬虔な祈りの場からお祭り騒ぎの場面など2極に対立したセットの数々で観客を惹きつけた。セットも趣向を凝らしてあり、第2幕のキャバレーシーンのダンスや、第5幕のバレエのシーンも巧みなこの作品は観客を飽きさせず、長続きしている理由がよくわかる。

ファウスト役はアメリカのテノール歌手、マイケル・ファビアーノが演じ、ウルグアイのバス‐バリトン・アーウィン・シュロットが悪魔・メフィストテレスに扮した。そしてマルグリート役をロシア人ソプラノのイリーナ・ルングが演じた。ファビアーノは老いぼれたファウストを巧みに演じていたが、一瞬にして若くよみがえり、その変身が見事だった。シュロットは全くもってルックスの良い歌手である。魅力的な悪魔役が板についていて勝利感、嘲笑、皮肉の混じった悪魔の高笑いをする時など身の毛がよだつほど真に迫っていた。第1幕の2人のデュエットではシュロットの柔らかみのある声とマイケル・ファビアーノの金属的ともいえる高く響く声が絶妙なハーモニーを醸し出していた。しかも3幕の後半にかけてのマルグリートとのデュエットは情感もこもりマルグリートとの相性もよく観客を酔わせてくれた。ただファビアーノが第3幕のアリア、‘Salut! Demeure chaste et pure’ (清らかな住まい)を歌った時にハイCの音が少し乏しいと思えたのは私だけではなかったと思う。ルングは 'Air des bijoux’ (宝石の歌)をコロラトゥーラも上手に完璧に歌いこなしたが、心持ち純なかわいらしさに欠けていると感じた。マルグリートの兄、ヴァランタンをステファン・ドゥグゥが演じたが、第2幕の彼の声の聞かせどころ ‘Avant de quitter ces lieux’ (故郷の土地を離れる前に)を堂々として朗々たる声で歌い放った。指揮者のダン・エッティンガーは、明るく軽やかで手を広げるときの蝶のような指揮が印象的だったが、心なしかオーケストラの透明感というか、切れの良さを十分に引き出せていない感じがした。

9月の日本での公演ではファウスト役にヴィットリオ・グリゴーロ、メフィストフェレス役にイルデブランド・ダルカンジェロ、そしてマルグリート役にはレイチェル・ウィリス=ソレンセンという夢のような大物歌手達が勢ぞろいする。そしてアントニオ・パッパーノが指揮をする。これは素晴らしい公演になるに違いない。今からドキドキするほどだ。日本にいらっしゃる方はぜひ足を運んでいただきたい。

第4幕教会のセット、マルグリート役のイリーナ・ルング ©2019ROH. Photo by Tristram Kenton

マルグリート役のイリーナ・ルングとファウスト役のマイケル・ファビアーノ ©2019ROH. Photo by Tristram Kenton

メフィストテレス役のアーウィン・シュロット ©2019ROH. Photo by Tristram Kenton

ヴァランタン役のステファン・ドゥグゥ ©2019ROH. Photo by Tristram Kenton

第5幕バレエのシーン ©2019ROH. Photo by Tristram Kenton

Miho Uchida/内田美穂

聖心女子大学卒業後外資系銀行勤務を経て渡英、二男一女を育てる傍らオペラ学を専攻、マンチェスター大学で学士号取得。その後UCLにてオペラにおけるオリエンタリズムを研究し修士号取得。ロンドン外国記者協会会員(London Foreign Press Association)。ロンドン在住。ACT4をはじめ、日本の雑誌にて執筆中。https://www.mihouchida.com/

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